
Vol.5
心に刻まれた4枚の絵
私はこれまで数多くのジャン=ミシェル・バスキア作品を取り扱ってきましたが、忘れられない四枚の作品があります。これらはいずれも、一時期ギャラリー・ショウ・コンテンポラリー・アート(Sho+1の前身)のコレクション(在庫)の一部として所有していた作品です。

無題 (骨なし) 1982年
171 x 171 cm
この作品は、現代アートのコレクターであり、出版者のラリー・ウォーシュ(Larry Warsh)を通じてロンドンのコレクターから購入しました。
画面に散りばめられたバスキア特有の言葉や記号をひとつひとつ読み解いていくと、彼の解剖学への強い関心が浮かび上がってきます。「骨」を描きながら、タイトルにはスペイン語で「骨なし」を意味する 「Sin Hueso」と記すことで、骨格だけでなく、その周囲にある筋肉や肉体までも同時に見つめようとしているようです。骨のある部分と骨のない部分、その両方を対比させながら分析し、人間の身体、そして生命の二面性を描き出そうとしているように感じられます。
さらに、「VES(血管)」という言葉を反復して書き重ねることで、血液が血管を駆け巡るスピードや脈動、さらには生命そのもののエネルギーを視覚化しようとしているようにも読み取れます。文字そのものが単なる情報ではなく、リズムや運動、生命感を生み出す絵画的な要素として機能している点も、この作品の大きな魅力です。

無題 1983年
244 x 183 cm、3枚組
この作品を入手した経緯には、今でも鮮明に記憶に残る興味深い逸話があります。
当時、この作品は米国のマイアミにあり、アンディ・ウォーホルの《Reigning Queens》やキース・ヘリングの《Andy Mouse》版画シリーズの出版元として知られるオランダ人アート・ディーラーのジョージ・モルダー(George Mulder)が所有していました。彼はエイズを患っており、おそらく身辺整理の一環としてコレクションを手放そうとしていたのでしょう。そのため、この作品も市場に出されていました。
初めて目にした瞬間、その圧倒的な存在感に心を奪われ、私は迷うことなく購入を決めました。しかし、作品の高さは240cmを超えており、当時のギャラリーでは壁に十分な高さがなく、本来の姿で展示・鑑賞することができませんでした。やむなく新たな収蔵先を探したところ、高知県立美術館が関心を示し、最終的に同館へ収蔵されることになりました。
とはいえ、これほどまでに強い印象を残した作品を手放さなければならなかったことは、私にとって大きな心残りでした。この経験をきっかけに「将来はこのような大型作品も余裕をもって展示できるギャラリーをつくりたい」と考え、天井の高い展示空間を実現する計画を立てるようになりました。
それから約10年後、この作品がニューヨークのオークションに出品されたことを知り、大変驚きました。当時のバスキア市場は価格変動が非常に大きく、所有者もそのタイミングで売却を決断したのかもしれません。
私は再びこの作品を手元に取り戻したいという思いから入札に参加し、90万ドルまで競り上げました。しかし、結果はアンダービッダー。あと一歩のところで落札を逃してしまいました。その瞬間の深い落胆は、今でも昨日のことのように鮮明に覚えています。
この作品は、一見すると人体解剖図のように見えますが、その本質は人体を描くことではなく「人間とは何か」を探求することにあるのかもしれません。骨や血管、頭蓋骨といった解剖学的要素に加え、王冠、ネロ、イカロスといった歴史や神話のモチーフが交錯し、人間の身体、知性、権力、そして運命が一つの画面の中で語られています。また、バスキアが意図的に言葉へ引いた横線は、それらを消すためではなく、むしろ鑑賞者に強く意識させるための装置のように思えます。人体を解剖するだけでなく、人類の歴史や文明そのものを解剖しようとした作品を象徴しているかのようです。

モナリザ 1983年
169.5 x 154.5 cm
この作品はニューヨークのディーラーから購入しました。当時、私が入手したバスキア作品の中でも、おそらく最も高額な一点だったと記憶しています。それでも購入を決断したのは、モナリザという誰もが知る象徴的なイメージが強く心を惹いたからです。
この作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチへの敬意を示す一方で、1ドル紙幣のジョージ・ワシントンの肖像をモナリザへと置き換え、さらにそのモナリザの顔さえも激しく塗り潰すように描いています。そこには、芸術と貨幣、歴史と権威、そして名作さえも消費の対象となる現代社会に対する、バスキアならではの鋭い皮肉と問いかけが込められているのではないかと感じています。

一撃のあとに 1987年
213.4 x 152.4 cm
この作品は、私が考えるバスキア後期の傑作の一つです。最後のバスキアのディーラーとも呼ばれたブレッジ・バグーミアン(Vrej Baghoomian)のソーホーのギャラリーで出会いました。彼は後にバスキアの贋作を扱ったとして悪名を残すことになりますが、当時、そのギャラリーにはまだバスキアの熱気が色濃く残っていました。
商業的な成功を収めた後期のバスキアは、生活が華やかになる一方で、ドラッグへの依存も深まり、作品にも以前のような切迫感や緊張感が薄れていったように、私には感じられました。そのため、この作品に出会ったときは例外的な力強さに強く惹かれました。
ピノキオを思わせるように長く伸びた鼻を持つ人物は、身体の内部がスケルトンとして描かれ、まるで骨抜きになった存在のようです。その姿は背景を覆う鮮やかな緑と見事なコントラストを成し、画面全体に独特の緊張感と均衡を生み出しています。
また「DESPUÉS DE UN PUÑO(一撃のあとに)」というスペイン語の言葉を二度記しながら、一方を大胆に抹消している点も印象的です。バスキアがしばしば用いた「書いては消す」という行為は、意味を否定するのではなく、むしろ見る者にその言葉を強く意識させるための手法でもありました。さらに、画面右下に記された「AAXLE©」という謎めいた表記も、この作品に解読しきれない余韻を与えています。こうした言葉や記号の積み重ねが、作品全体に深い奥行きをもたらしているように感じます。

全作品
©︎2026 The Estate of Jean-Michel Basquiat
Tシャツ
©︎2026 The Estate of Jean-Michel Basquiat / Manufactured by Galerie Sho Multiples 1997, Designed by Shigeru Yamaoka at Studio Give

2013年のアートフェア「アーモリー・ショー(The Armory Show)」のPier 92(モダニズム部門)にて東京のギャラリー「Galerie Sho Contemporary Art(ギャラリー・ショウ・コンテンポラリー・アート)」が約1,300万ドル(当時)で展示したと大きな話題を呼んだ。取材・報道した男性は、アメリカの著名なアートジャーナリスト・美術評論家のジャッド・タリー(Judd Tully)です。
タリーは長年にわたりアート市場の国際的な動向やオークション、アートフェアを専門に追い続けている男性ジャーナリストで、当時のギャラリー・ショウのブースにおけるバスキア作品の販売や価格の背景について、自身のメディアなどで詳細にレポートを残しています。