
Vol.3 マット・マコーミックとの出会い
マット・マコーミックとの出会いは、偶然から始まった。
2025年1月23日の朝、メールを開くと、ドリアーノ・ナバラ(*)からのメッセージが届いていた。
「数年前、ギャラリーのディレクターのロメイン・ブランと一緒に会いましたよね。」
一瞬、誰のことだったか思い出せなかった。しかしやがて、香港コンベンションセンター前での出来事が蘇り、その記憶はエンリコ・ナバラの息子、ドリアーノの姿と結びついた。
「1月27日から30日まで東京に行きます。お会いしませんか。紹介したいアーティストもいます。」
そんな内容だった。
エンリコとは、彼の存命中、日本でバスキア展を開催したほか、ウォーホルやバスキア作品の取引を通じて長く関わりがあった。その息子に会えることを楽しみに、私は彼の滞在先へ向かった。
再会してまず驚いたのは、ドリアーノがまだ若い青年だったことだ。エンリコにこんなに若い息子がいたのかと思いながら、彼が携えてきた書籍の山に目を通した。近年ナバラ・ギャラリーで開催されたキース・ヘリング展のカタログやショッピングバッグも含まれており、その装丁の美しさからは、アーティストへの深い敬意と情熱が伝わってきた。
その書籍の山の中に、「Matt McCormick」と記された美しい箱があった。
箱を開けると、丁寧にディレクションされたカタログ、地図、布製のハンカチなどが整然と収められている。一目見た瞬間、このアーティストが創り出す世界観に心を奪われた。
私はすぐにドリアーノに、自分のギャラリーでもぜひ展覧会を開催したいので紹介してほしいと伝えた。彼は即座に快諾してくれた。
こうして翌2月、私はマット・マコーミックのスタジオがあるロサンゼルス郊外を訪れることになった。
Frieze Los Angeles と重なるこの時期のロサンゼルスは、穏やかな気候に包まれていた。
マットのスタジオはダウンタウンの倉庫街にあり、入り口でまず目に飛び込んできたのは、まるでファッション工場と見紛うほどハンガーに吊るされた大量の衣服だった。
彼は自身のアパレルブランド「One of These Days」を運営する傍ら、スタジオの奥で「アメリカ的な体験」にまつわる多様なコンセプトの作品を制作している。
“ストーリーペインティング”と題した初期の絵画でカウボーイを取り上げたことを出発点に、やがてマルボーロのパッケージ、コカ・コーラの缶、フォードのトラックといったイメージを描くことで、アメリカが自らをどのように見ているのかを考察するようになったという。
とりわけ印象的だったのは、映画のワンシーンのようなハリウッドの夕景で、現在も連作として制作を続けているようだった。
よりコンセプチュアルな作品を好む私の関心を引いたのは、大きなキャンバスを二分した作品である。一方にはカウボーイや積み重なったタイヤの上に「15.95」と記された広告的イメージが置かれ、もう半分にはカラーフィールドとして塗り込められたミニマルな空間が広がっていた。
彼はこの構成について、アンディ・ウォーホルとブライス・マーデンを一つの画面に共存させながら、アメリカというイメージを喚起したいのだと語った。
多様なタイプの作品を制作するマットだが、その根底にはアメリカとの複雑な関係があるのだと感じた。
この国を愛しながらも、その欠点にも目を向け、神話と現実、あるいは美しさと破壊を同時に存在させること――それこそが彼の制作の主題なのだろう。
このような出会いを経て、2026年3月、Sho+1における個展とアートフェア東京での展示を同時に開催することが決まった。 ギャラリーとフェア会場という異なる空間で、マット・マコーミックの作品を包括的に紹介できる機会を得られたことは、私にとって大きな喜びである。 偶然から始まった対話は、こうしてひとつの具体的なかたちへと結実することになった。
(*) 1995年生まれのドリアーノ・ナヴァラは、現在フランス・パリで、父エンリコ・ナヴァラが1989年に設立したギャラリー・エンリコ・ナヴァラとGallery 75 Faubourgを運営しています。
